セミリタイア(FIRE?)

久々のブログ記事です。

近況

ブログでは昨年9月に社員を退職した記事で終わってますね。その後の足取りを少し書き記しておきます。

・モノバンドル社で業務委託

・CodeTakt社で業務委託

・JPYC社で業務委託

・コーチエィさんのコーチクラスコース受講

といった活動をしていました。

モノバンドル社

昨年にオープンポジションで入社し、情シス的な立ち位置で動いていました。入退社手続きとか、非エンジニア職の方々の相談を一次受けし、自動化の相談を整理したりとか。

今年に入って会社の状況が変化したこともあり、現在は業務委託としては稼働していません。

私からの会社の評価としては、会社のコアメンバーが数名いらっしゃるのですが、フルタイムでタフワークをこなされていて、彼らが本当にしっかり貢献している会社で、人材面では見ていて全く不安が無いと感じました。

ただ、人材が素晴らしくても事業、資金繰り、上場手続き、等々、難しいのがスタートアップです。ぜひ成功してもらいたいので陰ながら応援しています。

CodeTakt社

昨年から今年頭まで、とあるエンジニアチームの動きがあまり良くないということで、チーム単位でメンタリング・コーチングを請け負って対応していました。

最終的には、今年に入ってミスなどなどが重なり、どうしようもなくなってしまったのですが、モチベ―ションやスキルセットが求めるレベルに無い人たちをどう成長させるのか、本当に難しいなぁと痛感した出来事でした。

あとは、ちょこちょこリサーチ業務を請け負ったり、情シスメンバーのコーチングを引き受けたり、地道に小さなことから貢献させていただいております。

過分な評価を頂いている反面、今後どう貢献していこうか悩ましいです。

JPYC社

社員(CIO/開発部長/運用部長)を退職したのち、業務委託として関わらせて頂いています。

今年4月からは私の後任(と言っていいのかわかりませんが)にあたる部長級の方々にコーチングを提供したり、SaaSの導入検討を進めたりと、幅広い仕事をさせていただいてますね。

現在の私の主たる収入源(まぁトータルがそもそも小さいのですが)ではあるものの、いつ契約が止まっても仕方ないだろうなぁという気持ちで働いている部分もあり、モチベの維持がなかなか簡単じゃない部分もあります。

この会社で関わってきた人たちにコーチングを提供させていただいていることもあり、JPYC社で働いたことは私の人生にとって非常に大きな転機であり、その意味では感謝しかありません。

仮定の話をしても全くしょうがないのですが、もし私が日本にいてフルコミットできていれば、会社文化の立て直しとか、なんなら COO を請け負ってバリバリ働いて、楽しく仕事できてたかもしれないなぁと思う部分もあります。・・・まぁ、仮定の話です。

コーチングのコース

コーチエィさんでコーチングを学ぶコースを受講しています。期間は1年半で、2024年までかかると思います。

それを受けながら実務経験を積み、試験に受かれば国際資格が取れるというものです。まぁ、資格を取ったからと言って何かが変わるわけじゃないですけど。

このコースを受けてよかった!と思うのは、明らかに自分のファシリテーションスキルやトークセッションのスキルの幅が広がったと感じることですね。

これまではコンサル的に「こうするのがいいですよ」という説明をしがちだったのが、「あなたはどう思いますか?」といった、コーチング要素を多く含む問いかけができるようになりました。

この変化はとても好ましいです。今後、年を経るにつれて、自分自身も、周囲も、どんどん頭が固くなっていきます。自分が柔らかく柔軟さを維持することで、周囲をも変えていける、そんな変化を感じています。

タイトル(セミリタイア)について

前述のとおり、最近はずっと業務委託で動いているので、決まった時間に仕事してません。

Slack 見て業務の依頼が来てたら対応したり、ミーティングしたり、自分で考えて必要な仕事を提案して動いてみたり、そんな働き方です。昨日も23時からコーチングのクラスを受けて、深夜1時からコーチングを提供したりしました。代わりに今日はミーティングの予定がゼロで、のんびりしてます。

お金的には、A社で働いていたときのアセットを住宅ローンの支払いに充て(残念ながら一括で払いきれるほどは持ってないです…)、残りのアセットは仮想通貨で持ち、微々たる額ですが運用益を生活費の足しにしています。

日々の生活費はそんな大きくないので、仮想通貨の変動による資産価値の変動の方がよっぽど大きいですね。

そんな日常を送っております、というブログ記事でした。なんか面白いこと書きたかったんだけどなー。

退職ポエム

退職することにしたので、がっつりポエム書こうと思ってたんですが、やる気がなくなったのでブログ記事でお茶を濁したいと思います。(とか言いながら長くなってしまった笑)

特に面白い文章を書ける人間でもないので、ここ1年について思いつくままに綴ります。

どんな人?

北海道生まれ。新卒で新聞社の電子新聞開発部門に入社。

海外移住を目指して転職し、AWSのサポートエンジニアに。アイルランドに日本語サポートのチームを立ち上げるということになり、家族で移住。チーム一人目として移住し、その後の移住メンバーをサポート。その経験もあってオペレーションマネージャーに職種を変えたところ、コロナ禍に突入。

そして2021年、新しいことやりたいなーと思って転職した感じです。

直近どこで働いていたのか?

JPYC というスタートアップ企業にて働いていました。昨年9月に業務委託でジョインし、12月から本格的に社員として参画して働いていました。

「プレイングマネージャー」というふざけたオファーを頂いたんですが、12月からは CIO としてタイトルをいただきました。さらに今年8月にはサービス運用部長になり、9月からは開発部長も兼務で働いていました。

したがって、一番忙しいときは、「CIO / 運用部長 / 開発部長」でした。四部体制だったので、実質的に会社の半分の部署を指揮していたことになりますね。形だけですけど。

どんな働き方だったのか?

私はアイルランド在住ということで、日本とは時差が 8-9時間ある生活です。ですので毎日、日本時間17時ぐらいに起きてきて、そこから数時間働く、という感じでした。

重要で調整が難しい会議だけは、ときどき深夜1-2時とか、日本の朝の時間帯で参加していました。これは時差がある生活なので仕方ないですね。

一度だけ、6月に東京に飛び、全社ミーティングに参加したりもしました。

私自身、フルリモートで画面越しの仕事やマネジメントには抵抗もないし慣れているのですが、実際に会うと、やはり熱量の高さを感じる場面などもありました。

どんな仕事をしていたのか?前編

CIO として働いた時間が一番長いですかね。そこでは基本的に情シスの統括をやっていました。

と言っても、周りが優秀だったので基本は方針決めやポリシー策定といった仕事がメインです。やっぱり160時間フルで働く人と比べると、働く時間数も少ない上、しかも日本のメンバーと一緒に作業できる時間も限られるとなると、ハンディキャップは大きいです。

私が非同期で作業できる内容としては、Google/MS/AWS といったクラウド事業者のスタートアップ支援プログラムを申し込んでミーティングしたり、情シスを担うチームメンバーと 1on1 やったり、クラウド環境の権限管理をやったり、採用計画を立てたり、そんな仕事内容でしたかね。

上に立つ・・・と言えるほどの人間ではありませんけど、以下は心がけていました。

  • なるべくたくさん褒める
  • 自分の部下と呼べる人はきっちり守る(守ることをきちんと言葉で伝える)
  • しんどい時は一緒に時間とって作業する
  • 自分がわからないときはわからないと伝える
  • 相手が見落としていたり持っていない視点があるなら提供する
  • 指揮系統を壊さない
  • 誰かを一方的に貶めることはしない

どんな仕事をしていたのか?後編

8月に組織再編があり、そこから運用部長としての仕事が増えました。運用部とは、オペレーション業務を司る部署です。

オペレーション、つまり運用そのものであり、開発されて動いているシステムの裏で対応する必要がある人力作業です。これら作業は、オペレーションのチームが担当でした。(ちなみに、このチームにはカスタマーサポート・カスタマーサクセスも含まれています。)

言葉を選ばずに言えば、地味で、地道で、代り映えのしない仕事です。

でも、重要な仕事で、効率化の可能性に満ちていて、そしてコンスタントな能力が求められる仕事です。

スプリント後半で残業するとか、そういう仕事のやり方はできません。夏休みの宿題を初日にどーんともらって好きに計画したい人もいれば、毎日コツコツとやるのが向いてる人もいますよね。後者の人って、天才型は少ないかもしれませんが、会社を支える大事な仕事なんです。

まぁ、私はそういうタイプの仕事が割と好きで、そういう仕事ができる人をリスペクトしている、という背景があるという話です。サポートエンジニア時代の感覚を引きずっているのかもしれませんね。

9月からは、いろいろあって開発部長も兼務になりました。このあたりは結構しんどくて、月120時間ぐらいは働いていました。日本の人と連携しようとするとアイルランド時間の深夜になるため、見た目の時間の倍ぐらいしんどい感じ・・・と思ってもらえると、しっくりくるかもしれません。

お賃金は?

私は月160時間は働けなかったので、月給から勤務時間で計算する形でした。例えば 80時間働いたなら、160時間の月給の半分なので半額、といった感じですね。

最近のドルユーロ高もあり、日本円でもらっていたんですが、為替レートはかなり厳しかったです。まぁ、それでも役職があったので会社では高い方でした。

私は持ち家のローンなので(利率は 4% ぐらい取られるんですけどね)、上記の勤務実績で生活費はギリギリという感じでした。税金考えると年間計算でマイナスかもですけど。

ちなみにアイルランド・ダブリンは住宅事情が超逼迫していて、住んでいる家が借家だったらたぶん3倍ぐらいの値段になるので、スタートアップでは働けなかったでしょう。良い子はマネしてはいけません。

あとエネルギー問題も深刻なので、ヨーロッパで働きたい人はまず大企業で働くのを強くお勧めします。

良かったこと

月80時間ぐらいの勤務だと、お昼過ぎに子供の小学校のお迎えに行けたので、そこは良かったですね。子供と触れ合う時間は貴重なものです。

(注: アイルランドでは小学校低学年は送迎必須。そのため、共働きの時はナニーを雇ったりする。)

それから、日本の夜の勤務であっても、柔軟に対応してくれた情シスや運用部のチームメンバーには本当に感謝してます。特にミーティングとか。

開発部のメンバーとは、実質 2週間もなくて、あんまり「一緒にがんばろう!」って気分にならなくって、ご迷惑おかけしました。採用戦略とか立てるのは役に立てたと思うんですけどね、そこは私の知識不足、モチベ不足で申し訳ないと思ってます。

(私にとって)悪かったこと

悪かったこととしては、まず、癖のある同僚に悩まされることが多かったです。エモーショナルコントロールとか、アンガーマネジメントとか、そういうのをきちんと学んでおけばよかったなぁと感じました。(この辺は会社システムとか組織体制とも関わってくるし、合う合わないもあるので、省略します)

それと、9月に人員が不足し、私に負荷と権限が集中したのも、バーンアウトにつながりました。さすがに部長の兼任は無理ゲーでした。

いや、能力的、時間的には可能でした。私が160時間しっかり働いて活躍すれば兼務でも回せたと思います。とはいえ、160時間で日本のメンバーとしっかり働くと、現地時間で AM 0100 が日本の9時なので、さすがに無理があります。

その状態で PdM の仕事を期待されても、ちょっと、いやかなり難しい状況でした。ちょっとしたコードなら書けますけど、本格的なデベロッパーのバックグラウンドも、BizDev のバックグラウンドもなかったもので。。。

そんな折、会社の舵取りも難しい中で、Web3 の方向ではなく、日本ローカルのビジネスに特化していくという判断がなされました。間違っているとは思いませんが、ちょっといいホテルに泊まったのに朝食選べず納豆ご飯が出てくるみたいな、そんな「自分にとっての違和感」があり、最終的には退職という判断をしました。

いや、別に納豆ご飯でもいいんですよ。ただ、海外の人から見たら納豆って食べないし食べたくないよね、なんでそんな判断しちゃうんですか?って、そういう感じだったってことです。感覚的な話ですけどね。

あとは、今年の10月からプロコーチを目指すことを決めたので、そちらに注力するため、という理由もあります。ですが、こちらは多分に個人的な事情なのと、本当にプロコーチになれるのかまだ自信が無いので、軽く書くだけに留めておきたいと思います。

今後について

実のところ、今後も業務委託として関わっていくつもりなので、短期の影響は軽微です。これを読んでいる JPYC社のメンバーがいたら安心してください。

ただ、コミットメントに関しては大きく下がるでしょう。部長職でも CIO でもなくなるわけで、これまでのように私が全体を見て判断することが無くなるわけですから。

海外から働いているという特殊な事情があるため、なかなか仕事は見つかりません。実は社員でも業務委託でも、日本の社会システムに乗っかってないので、あんまり変わらなかったりもします。年金どうしようとか悩みは尽きないですけどね。

そんなわけで、ポエムを締めようと思います。

さいごに

海外在住でも採用したい!社員/業務委託で働いてほしい!・・・という会社がありましたら、ぜひ Twitter @TSB_KZK までお声がけください。

プロコーチ目指しているので、1on1 コーチングはガンガンやっていきたいです。そういった仕事は特に有難いです。

AWS/GCP/GWS/情シス/コーチング/マネジメント/組織論/会社文化、このあたりであれば、お役に立てるかと思います。

もうすぐ10年

どうやら10年前の私は、自分の両親と当時の彼女を連れ、京都に旅行していたようです。全然覚えてねえや。

4月から新卒で入社するっていうのに、5月には子供が生まれるってのに、まぁのんきなものです。

まさか10年後の自分が海外に出て、しかもエンジニアの道を踏み外して、もとい、ステップアップして、マネージャーになっているとは思いもしていなかったでしょうね。

わたし普段から将来のキャリアってあんまり真面目に考えてないので、そのせいかもしれませんが。

いや、考えてることはありますよ?アイルランドで転職してもいいけど、日本語使う仕事は少ないから、UKがいいかなとか、次は東欧だったら物価も高くないし、IT立国も多いし楽しそうだな、とか。

さて、次の10年はどうなるでしょうかね。

海外転職は異世界転生である

たまに面白い記事でも書こうと思って、思いついたタイトルがこれである。特にオチは無いので安心して読んでいただきたい。

さて、小説家になろう、等の小説投稿サイトで一世を風靡した転生モノであるが、ラノベの一ジャンルとしての位置づけを確立し、いまだに人気は衰えていない(と思う)。

転生モノにもいくつかある。作品のチョイスで好みがバレるが、気になった方はぜひ読んでみていただきたい。

  • 生まれ変わるもの。(幼女戦記、無職転生)
  • 召喚などでそのまま異世界へ。(リゼロ、盾の勇者、このすば)
  • 憑依(本好きの下剋上、はめふら)
  • その他、スライムや蜘蛛への転生

このうち、着目いただきたいのは、召喚されて異世界へ行くパターンである。場合によっては言葉すら通じない世界へ飛んでいくのだ。まさに海外転職も同然である(断言)

さて無事に召喚されたとして、現地で生き抜くためには先立つものが無くては話にならない。身に着けたものを売ったり、知識を売ったりするわけだ。それだってうまくいく保証はない。カモとして騙されればお金が得られるどころか身の安全すら危うい。

日本を出るときも、きっとみんないくらかのお金は持っていくことだろう。今までに蓄えたいくらかを。ま、さすがに海外だからと言って身の安全まで危ないというのは少ない。けれど何も考えずに治安の良くない地域に迷い込めば、どうなるか。カツアゲくらいで済めばまだいいが。

なに?転生したら特典があるだろう、だと?

ふむ、なるほど。クズマもといカズマは特典を捨てた貴重な例だが、彼にしても初級スキルの組み合わせで賞賛されるほどだ。

日本を出た日本人にも、意外と価値があるものだ。例えばそう、折り紙。薄くて小さい紙を丁寧に端を揃えて折る、というのは実は高等技能だ。何を隠そう、祖父が折って送ってきた千羽鶴があったのだが、引っ越しに際し処分がてら知り合いにメールで流したら応募が殺到した。

「なんっという・・・見事な工芸品!!君の祖父はアーーーーーティストだ!」

みたいな感動が届いたのは記憶に新しい。まぁ、通常の折り紙を四等分して折った鶴だったので、小さいというのもプラスポイントだったのだろう。

他には、そう。家事も挙げておこうか。掃除、洗濯、炊事などだ。

日本人には学校で家庭科実習、そして掃除当番というものがあるね。おなじみの光景だ。海外で同じことをやっている国は少ないんじゃないだろうか。トイレやキッチンをキレイに使えない人を見ると、いかに日本の教育が底上げに寄与しているかわかろうというものだ。

ああ、そうそう。転生の話だったか。

転生と同じで、今までと違うセカイに行くということは、それまでのコネクション、ネットワークが失われる。海外に行く上で最大のデメリットの一つはセーフティネットが無くなることだ。

故郷にいれば、家族、親族、旧友、行きつけの店、スポーツ友達、何かしらの関係性がそこらにあることだろう。例えばあなたが病気で倒れたとして、病院に運ばれたとして、果たしてどうなるだろう?

きっと、連絡がつく家族や親族が駆けつけるはずだ。数日もたてばお見舞いが続き、古い友人や職場の同僚が顔を出すかもしれない。あるいは、医者が、看護師さんが、知り合いの可能性だって低くない。それは一種の助け合いのネットワークなのだ。

さて。転生した場合、あるいは海外に行った場合、そういったものはあるだろうか。上司が、同僚が、少しくらいは手助けしてくれるかもしれない。行きずりの親切な人が、手を貸してくれるかもしれない。しかしそれは確実なものではなく、セーフティネットとはほとんど呼べないだろう。

もちろん、現地の先達が助けてくれることもあるだろう。彼らもまた、セーフティネットが無い場所で生き抜いてきたのだから、きっとアドバイスはしてくれるはずだ。しかしそれは、親戚でも、十年来の金を貸してくれる悪友でもなく、ただの先達なのだ。

ああ、あとはそうだね、トラックには気を付けて。普段から轢かれてもいいように準備しておくことをお勧めしておこう。

ここまで読んだ賢い読者ならばわかるだろうと思うが、いきなり心構えもなく転生しても、ギザ十は役に立たないしスナック菓子もカップ麺もダメだ。身に覚えのない強姦の罪で投獄される可能性すらある(いや、ない)

そんなわけで、普段から心構えを持って準備しておくことは大切だ。いつ生まれ変わっても生き抜けるよう、おかんアートやシャンプーの作り方を覚え、ゼロから料理ができるように各種レシピを覚え、紙の製法を覚えておくと良いだろう。

ふざけてるのか、だと?いやいや、大真面目である。あなたがもしエンジニアとして海外転職を目指す人ならば、シャンプーは kubernetes かもしれないし、料理は Database エンジンで、紙の製法は TCP/IP のプロトコルに置き換えてみてはどうだろうか。

「採用されたら頑張ります」の心構えでは、いざ転生しても何もできないのである。事前にどれだけ準備できるかが大切なのだ。

あなたがもし幼女のパンツをかぶって喜ぶ変態であっても、顔色一つ変えず他人を射殺できる優秀な兵士であっても・・・・・・・いや、人間性は大切だ。この例は撤回しよう。とにかく、異世界でも活躍できる人間かどうか、で転生が決まると言っても過言ではない。準備は大切なのだ。

最後に。私はチートが嫌いである。

しかし、転生者が見た目に見合わない高い技能を持っていたとしても、正当な苦労と努力の末に得た知識やスキルならば、それはまごうことなき本人のものである、と断言して良いだろう?

本の中でしか、お話の中でしか、そういったチートのようなスキルや力は存在しないと思い込むのも良いだろう。でも、少しくらいは、自分にそういう秘められた力があって、それは他の人よりもちょっとだけ高くって、努力すれば報われると信じたっていいじゃないか。

もちろん挫折もあるだろう。勝てない相手もいるだろう。要は適材適所で、彼我の戦力差を見極めて、頑張れば勝てるところに全力でベットするのだ。非常識には非常識をぶつけるべきだし、あなたが非常識なほどの人間ならば、きっとこんなブログを読むことはなく、だからあなたは普通の人だ。それでも、普通の人が主人公であってはいけない決まりはない。

ハッピーエンドは、傷つき、もがき、苦しんで、それでも立ち上がった末に困難を打倒する、そんな主人公に与えられるものであるべきだ。

今月のウィスキー

ブログもしばらくぶりですね。

ネタがなくて。

今回は、JamesonのIPA editionを買いました!

口当たりは樽のような香りがして、ウィスキーのアルコールのきつさは、あまり感じられないぐらいです。

まー40%なんですけど。

これで確か、30ユーロくらいだったと思います。アイルランド、酒税高いからなぁー。

今月のウィスキー

コロナウィルスもようやく一息つき、アイルランドはマスク姿が減ってきました。

さて、今回のウィスキーはスコッチです。

別途アイリッシュウィスキーは発注したんですが、酒の在庫が切れたので慌てて最寄りの酒屋に行ったんです。

で。酒屋ではウィスキーはレジの裏に並んでいてオーダーするわけです。めんどくさいですよね。とりあえずポップがでかでかと書いてあるのを指さしますよね。選んだのはそんな理由です。

肝心の感想なんですが、ずーっとシングルモルトに慣れてるせいか、ブレンドには少し違和感があります。

カスクメイツとかだと樽の風味だけで済むところ、なんというかブレンドらしい臭みというか、重たい感じを受けました。

しばらくレッドブレストの美味しいウィスキーをちびちび飲んでたせいかもしれませんけどね。

29ユーロ也

転職しそこねた話

私は日本国外で働く一人の ITエンジニアです。英語はたぶんビジネス中級レベルで、TOEIC 770点のときに日本を出て 4年半。ヨーロッパはアイルランドから、日本企業向けの日本語での対応を行っています。今日はそんな私が、つらつらと転職”しそこねた”話をします。

転職の機運

バックグラウンドをちょっとだけ話すと、日本でマスコミに入社し、ウェブエンジニアとして 3年働いてから今の会社に入りました。トラディショナルな文化の中で厳しい先輩方に育てられ、それなりに激務だったのですがそれなりに円満に退社し、次にグローバルな企業へ行きました。

次の会社では最初こそ躓いたものの、仕事を続けるうちに認められ、ヨーロッパで新規ブランチの立ち上げをすることに。アイルランドへ来たのは、そんなわけでした。アイルランドに来て、かれこれ 4年。今の会社に入ってからは実に 6年が経ち、そろそろ新しいことをやりたいなぁと思っていました。

棚卸しとアプライ

そんなわけで自分のスキルや経験を棚卸しして、転職を考えることにしました。まず、自分は日本語での説明スキルが高いと自負していたので、なるべく日本語を使う仕事に就きたいと思いました。海外ではそういった求人の数は少ないですが、逆に言えば競争率も低く、うまくいけば貴重な戦力になれます。英語も全くダメなわけじゃないので、業務での日英の必要性が半々ぐらいなら御の字かなと思っていました。

それから ITの知識や経験。まぁ、実務面から言ってエンジニアとして転職する以外の選択肢は無いでしょう。より高い年収を目指すためにも、専門性は大切です。アイルランドでビザに相当する work permit でも、学位の専門性、経験そして年収が重要ですし。

そんなわけで日々をだらだら過ごしていた私は、LinkedIn で A社の求人を見つけました。ポジションはいわゆるサポートエンジニア系の職種で、今と同じ、かつ日本語という募集要件がタイトルに入っていました(A社でもG社でも、まぁイニシャルは好きに読み替えてください)。とにかくその場でボタンを押しました。それが去年の11月頭のことです。

前提として、私は 2019年に現地でアパートメントの一部屋を購入しており、家族のためにもアイルランド(ダブリン)に引き続き在住できるような仕事を探していました。なのでこのとき見つけたポジションもダブリンオフィスの勤務でしたし、家から問題なく通える範囲のオフィスであることは事前に分かっていました。なので、その前提で以下お読みください。

インタビュー

3週間ぐらい音沙汰なかったんですが、11月末に HR からコンタクトがありました。そのあと 12月頭に HR の人と電話で会話し、その場でテクニカルな用語を理解しているか雑な質問がありました。面接というよりは足切りですね。

12月末には一回目のインタビューがありました。基本的な技術の質問の他、間違いがたくさんあるコードを読まされ、それについて修正案を提案するという内容でした。ポジション的にはいわゆる「サポートエンジニア」職であり、A社ではコードの読み書きが重要な位置づけなので、そういった面接なのでした。(ちなみにコンテナ系の質問には、dockerわからん!って嘆きながら答えました)

年末年始を挟んで、次のインタビューに進む話となり、1月に違う HR の人がアサインされました。調整の上、オンサイトということでオフィス訪問して 3人とインタビュー。これが 1月末の話ですね。2月に入って「情報が足りない」と言われてフォローアップインタビューもありました。

オンサイトインタビューですが、よく覚えているのが「年末であなた一人しか働いてないとき、一人の顧客からサービスにログインできないと苦情があった。さてどうする?」みたいなシチュエーションで延々詰められた質問ですね。最終的には、顧客にヒアリングを繰り返して問題がサービス側にあると高い確度を持てた段階で開発チームに直接連絡して(たとえ深夜だろうと祝日だろうと)たたき起こす、という形でまとめましたが、いまだに正解が分かっていません。まぁたぶん正解が無いタイプの設問なんですけど。

で、このインタビューには落ちました。3月頭に入っての連絡で、落胆したのを覚えてます。しかし他にもポジションのチャンスはあるということで、同様にポジション名に日本語が入っている違うチームを受けることに。この時の質問は、「SSHがつながらないときはどう調査するか」「RDPだったら」「負荷が高くてウェブサーバが死んでるときにどんなコマンドを使うか」みたいな、ひとつひとつは超簡単だが、選択肢が無数にあるオープンクエスチョンでした。(それ以前の面接も、まぁ概ね似たような感じでした)

で、4月に入って合格の連絡とオファーレターがきました。

決断

オファーレターを繰り返し読んだところ、残念ながら私が期待する年収とは折り合いがつかないものでした。事前にHRから口頭で説明は受けていて、そこでは「うんうん」と言っていましたが、RSU(ストックユニット)の割り当てを完全に理解しておらず、齟齬があったのです。

ここで補足すると、超当たり前ですがすべてのやりとりは英語でした。日本人はどこにも登場しません。私は「日本語話者のポジションだしグローバル企業なんだから日本人出てくるだろう」と思ってましたが、徹頭徹尾まったく出てこなくて面白かったです。何が言いたいかというと、専門的な職種ほど、たとえ面接で合格になるとしても、それは専門知識があるからであって、英語力はそんなに見ていない、です。実際、面接官の人も非ネイティブだらけで、しかも人によってかなり訛りとかスピードに違いがありました。スイスの人の英語は聞き取りやすかったけど、ダブリンの人の英語は聞き取りにくかったです。そういった違いはあると思います。

「これじゃ現職と同じじゃん」と繰り返し訴えるものの認められず、それでも新しいことに挑戦したいなぁと思って転職を決断しようと思ったのですが、幸いというかなんというか、辞める話を切り出す間際、自分の上司から違うロールをやってみないかというお誘いを頂きました。

オファーレターの有効期間は 2週間だったので、これを延期できないか先方と交渉しつつ、新しいロールにアプライし、そっちも何とか合格することができました。そんなわけでふたつのオファーを比較した結果、私は今の会社に留まりつつ新しいポジションで心機一転することにしたのでした。

しそこねた?

実際、私は転職したかったんです。新しい環境、スマートな仲間、今までと違うオフィス、楽しい環境、そういったものはいつでも青く見える芝生です。6年も同じ場所で働いて、新しい環境でまた成長したい、という思いがありました。

その手前で実は日本のスタートアップ企業からもお誘いがあったのですが、そっちはそっちで、アイルランドからフルリモートでフリーランス的に働くのが難しくて、オファーが出る前に断念したという経緯もあります。

私が今回お断りしたA社は世界でも有数の企業で、中に入れば自分よりもスマートで賢い人が死ぬほどいると思います(それは現職でも同じですが)。積み重ねてきた信頼が無いところでリトライするというのは、少し前のトレンドでいうと「転生」みたいなものだと思うんですよ。強くてニューゲームでもいいですけど。なので、転職して気持ちを新たに働いてみたいという気持ちは強くありました。

もちろん年収だけが問題ではなくって、ここに書かなかった要素も考えました。例えばアイルランドでは健康保険は民間の企業を使うのですが、A社と現職では家族での負担額が違うし病院に行ったときの補助額も違います(A社の方が手厚い)。そういったプラスがあれば、無論のことマイナスもあります。A社のビジネスが今後どうなるのかとか、コロナウィルスの状況下でベネフィットの一部が使えないけど補填されないらしいとか、いろいろ考えたんです。(後者はA社のコンペンセーションチームからすると金額換算して「うちの方がいい条件だぜ」って言ってるので付記しています。権利は権利、もらうのが前提デス)

海外転職したい人向け、必要とされるスキル

ここを読むのはたぶん私の同僚とか知り合いなので、無駄にフェイクは混ぜず、分かる人には確実に分かるように書きました。

とはいえ、海外転職したい人もここを見るかもしれないので、そういった人向けに私の雑感を書いておくと、まず専門性が第一です。例えばアイルランドではクリティカルスキルワークパーミットが一番良いビザですが、これをとれる職業はエンジニアや医療関係といった一部の職種に限られています。普通のタクシードライバーとかがガンガン移民されると仕事が溢れるので、国として当然の措置だとは思います。

なので、職種を絞り込んだ上で自分の強み弱みを分析し、足りない部分を加えていくことになるでしょう。例えば先に言ったように、エンジニアであれば言語力はそれほどでもなく、むしろ知識や経験がモノを言います。A社の場合はオープンクエスチョンばかりだったので、当然ながら英語力としては、論理だてて問題を説明する力があればいいです。英語なんて定型文で限られたものでいいですし、単語力だって IT 関係やってればほとんどカタカナです。逆に英語が強くて技術が弱いという人は、身近な強い人に本をあっせんしてもらい、数冊読んで理解すれば結構戦えると思います。(新しい技術が日夜出てくる業界なので、「学べる力」というのも、かなり評価されます)

他の仕事はわからないのですが、マーケターとかカスタマーサポートとか、そういった仕事の場合は英語力が超重要だと思いますけどね。残念ながらというか、アイルランドで日本語だけで仕事をするとなった場合、ポジションは少ないので、もしかしたら深夜勤務のコールセンターぐらいしか見つからないかも。

でも、英語力に自信が無い=英語ができない、ではないと思うので、職種や業種、ポジションを色々調べて、自分でも戦えそうな分野で戦っていく、というのが、海外で雑魚が生き抜く、ひとつの戦略ではないでしょうか。

おわりに

転職を考えてる人、今の仕事や年収に満足していない人は、ぜひトライすればいいと思うんです。そこは周りの人も相談受けたら、サポートしてあげてほしい。自分や自分のチームが迷惑を被るとしても、チームの問題かもしれないし、長期的に見ればどーせ転出してしまうでしょうから。(とか雑な言い方は各方面から怒られそうだけど)

一方で、自分が今回そうでしたが、いろんな人に相談したり、差し支えない範囲で腹を割って話すということで、新しい、今まで見えてなかった、全然違う道が拓かれることもあります。もし迷っているなら、迷っているということについて誰かに相談するべきです。それが間違っていることもあるし、正しいこともある。大事なのは自分の本心を納得させることだと思います。

客観的に見て実現可能で妥当なことと、自分が考える期待値との間には、たいてい溝があるでしょう。誰しも自分のメソッド、やり方を持っていると思いますが、私のは、色々な人と会話することで自分を客観視する、というメソッドです。ご参考になれば。

アイルランドの5段階緩和について

お久しぶりです。昔は毎日一枚写真を投稿していた本ブログですが、飽きてからは時々、記事を投稿するのみとなっています。

アイルランドに来て、もうすぐ丸4年。同僚も何人か日本に帰ったりしてるので、せっかくだし状況をたまには詳しくアップデートしていきましょう。

アイルランドでは昨日、5段階でのロックダウン解除のロードマップが示されました。PDFにすると23p相当の資料が出てきているので、簡単に抜粋します。

大まかな説明としては、3週間おきに解除を実施していく。感染数に応じて早まる、あるいは遅くなる可能性もある。まぁこれは当然ですけどね。

第一段階、5月18日を予定しているのは以下の通り。

屋外での井戸端会議を許可
医療従事者向けの保育を再開
屋外事業者は段階的に解除。広い場所で営業する小売、眼鏡店などの一部の業者
特定の公共施設の再開

次、6月8日。ちなみに、ここまで週350ユーロの支援金が続くとされています。

家の訪問を許可
スタッフ、顧客に配慮した上で、ビジネスの再開を支援
ソーシャルディスタンスが確保できる小規模小売店やお店が再開
図書館などの一部の公共施設も再開

その次は6月29日。

小規模のパーティなどを許可
エッセンシャルワーカー(宅配、小売、薬局等)向けの託児所、保育園、プレスクールを段階的に解除
対話レベルの低い事業の再開(人と話す頻度が低いもの)
出口が広い店であれば、非エッセンシャルな小売店も営業を再開
公園を解除

4段階目は7月20日

経過を観察しつつ、すべての子供向けの託児所、保育園、プレスクールの再開
家で仕事ができない人は仕事に戻れます
美容院など、リスクの高い仕事は段階的に解除
博物館、美術館、教会などを再開

最後は8月10日。

大規模なミーティングを許可
すべての業種が仕事に戻れます
2020/2021年度の頭からは段階的に、小中学校、高校以上の教育機関も解除
高リスクサービスも規制緩和

というわけで、様子を見つつ早くあるいは遅くするとは言っていますが、かなり気の長いロードマップになっています。例えば美容院が完全に再開できるのは8月ですし、子供たちが学校にまた通えるのも9月からです。

お約束ですが、訳はあくまで参考例としてお取り扱いください。必ず原文を読まれることをお勧めします。